タイラント日記

映画や小説について書きたくなった時だけ書きます

ぼくのなにかもはじまりそうです:【はじまりのうた】

※以下結末までネタバレを含んでいますので未見の方はお控えください。

 

観よう観ようと思っていたのにタイミングを逃し続け、もうDVD出たら観ればいいか…と思ってたら近場の小さな映画館で上映されてました。僕の人生の八割はこういったラッキーと行き当たりばったりで形成されています。

 

物語は、かつてグラミーを二回とった才気も溢れるが私生活や生活にも問題が溢れ、それが仇となって自身が創設した会社を首になったばかりの音楽プロデューサーのダン(マーク・ラファロ)と、自身も音楽の才能を持ち、同じく才能を持つ彼をサポートする為に渡米してきたのに成功と共に裏切られ捨てられ、絶望にうちひしがれるグレタ(キーラ・ナイトレイ)がNYの小さなバーで出会うところから始まります。

 

この映画が最高に素晴らしいところは「音楽って楽しむことなんだよね」というポジティブオーラが全篇通して伝わってくる事ですね。こういうこと書くと「そもそも音楽の楽は楽器の楽なんですけど」等と野暮なことを言われたりもするんですがw とにかく優れた音楽には、色んな感情を掻き立てるパワーがあります。それは時に悲しい記憶だったりもしますが、やはり音楽が最も優れたところは、人を幸せにするパワーを持っていることだと僕は思っています。それこそが音楽の真髄であると。しかし音楽業界の現状を一言で言えば「楽しいだけではやっていけないでしょ?」というシビアなものです。僕にも音楽業界の知り合いが何人もいますが、聞こえてくる話は決して楽しい話だけではありません。むしろ苦しい話や身につまされる話のほうが多いかもしれません。日本に限らずアメリカでも同じようで、この映画でもダンの会社が近況に苦慮し経営的に苦しむ描写が出てきます。ダン自身その環境にアジャストしきれず、結果的に共同経営者に解雇されてしまうのです。しかし妻と娘の関係にも問題を抱えるダンがどん底の環境の中で、酒に溺れながらふらっと入った場末のバーでグレタに出会う。この導入部は完璧だと思いました。

 

人生は楽しいことばかりではありませんが、この映画からには徹頭徹尾「音楽っていうのは楽しいんだ!」という製作者の骨太な思いが伝わってくる気がします。ダンとグレタにはお金も何も無かったけど音楽への情熱はあった。彼らはNYの色んな場所でストリートレコーディングしてアルバムを創ろう!という素敵なアイデアを思いつき、それを実行に移すのです。野外なのでパトカーのサイレンや雑音が入りまくるし、近所の住民にうるさいと怒鳴られたりする。近くで遊んでいた子供達を急遽コーラスに参加させたりもする。決して良質とは言えない環境なのに、彼らの楽しむ姿が反映されているかのように、素晴らしい音楽がそこから生まれるのです。この辺りは観ている僕の頬もゆるみっぱなしでした。

 

ここに至る前に観客にはさりげなくダンとグレタが音楽的才能を持つことが知らされます。それがダンとグレタの出会いのシーンです。ダンが頭の中でグレタの音楽をアレンジする描写が出てくるのですが、これが感覚で生きるダンのクリエイターとしての敏腕さを表した好シーンでした。最初に聞いたそっけなさすら感じたアコーステックな歌が、ダンの頭の中で素晴らしい楽曲に変わっていくのです。ここでグレタに音楽の才能があることだけでなく、ダンには音楽プロデューサーの才能があることがはっきり観客に伝わります。実に素晴らしいシーンです。実際キーラ・ナイトレイの才能にビックリしますw めっちゃ歌うまいんですよw この映画にはマルーン5アダム・レヴィーンが元カレ役で出てきますが、彼にもひけをとらないような美声でした。受け口気味のキーラ・ナイトレイは個人的に全然タイプじゃないんですけど、この映画でのキーラに関しては相当チャーミングでしたね。しかもCG加工なのか分からないんですけど、グレタの歯並びの悪さというか、ガチャッ歯なのがすごいリアルだなあとw 歌上手い人ってなぜか歯並び悪い人が多いですからw

 

表現方法と言えば、この映画は日時と視点がくるくる変わる手法が効果的に取り入れられています。ダンがグレタに出会うまでのストーリーが展開された後、今度は同日グレタがダンに出会うまでのストーリーが展開される、という感じです。この手法は最近だと邦画【桐島、部活やめるってよ】で使われてましたね。僕はこの手法は結構お気に入りです。この手法は「主役以外にも人生が存在している」という描写が活きやすいからです。桐島〜は物語のテーマ自体がそこをクローズアップしたものだったので、この手法が実に映画にフィットしてましたが、本作ではクローズアップ自体は主役2人にほぼ限定されています。けれど2人の人生に登場する「この2人にとっての脇役」の人生が実に人間味に溢れ、色んな意味で魅力的であり、その2人の世界がやがて交わっていくという流れが実に効果的で良かったと思います。バックバンドにミュージシャン達が加わる流れだけは、逆に分かり辛くなってしまったような気もしましたが…

 

さて、僕がこの映画を観て一番強く感じた事。それはこの映画が音楽の本質という部分に着目していることです。音楽っていったい何なの?というテーマだけではなく、音楽業界や関係者達に向けたあなた達にとっての音楽って何なの?という鋭いナイフのような問いかけを喉元に突きつけてもいます。それがラストシーンのグレタとダンの選択に繋がってくる訳ですね。ここはミュージシャンや関係者によっては評価が分かれるところでしょう。音楽の顧客である僕らですら、この行為の是非は分かれるでしょう。しかし10ドルで売って1ドル印税が入るアルバムを、自分達の手で1ドルぽっきりで売る。青臭い発想であり自己陶酔にすぎないという非難もあるでしょうが、だからこそこの映画のラストとしては最高にハッピーで、これ以外は有り得ないと言えるぐらい完璧な展開でした(もちろん音楽の販売方法の是非は別としてw)。正直このラストで個人的にはもう文句のつけどころが無くなりました。映画が終わった後もしばらくニヤニヤしちゃうほどハッピーな結末。それこそがこの幸せな映画にふさわしいエンディングだと思います。