タイラント日記

映画や小説について書きたくなった時だけ書きます

美味しい映画は腹が減る:【シェフ 三ツ星フードトラック始めました】

小説のどんなに優れた表現よりも映画が威力を発揮するシーン。その一つが美味しい物を食べるシーンです。言葉を尽くし美味しさに関する表現の限りを尽くされても、それを美味しそうに食べる映画の1シーンを超えることはかなりの難問です。今作はまさにそんな映画(映像)の威力を感じさせてくれる作品です。

 

※以下結末までネタバレを含んでいますので未見の方はお控えください。

 

ベタなハッピーエンドが好きです。もちろん絶望的なラストだって余韻を残すラストだって謎を残すラストだってみんな大好きですが、たまにどうしようもなく僕の中の女子魂が叫ぶのです。ベタなハッピーエンドを見たい、と。そんなおっさんの欲望をきっちり満たしてくれた作品が今作でした。あらすじ的には「シェフの主人公がビジネスのしがらみに苦しんだりSNSでの晒し上げられたり元女房や子供との微妙な関係に苦労したりとかまあ色々あったけど回りに助けられて自分の原点を取り戻して幸せになってハッピー!」という話です。実に単純。エンディングでは評論家と和解するし、元女房と子供とも上手く関係を再構築するし、新たに自分の店をスタートさせる。文句無しのハッピーエンドです。この圧倒的なハッピーエンディングの前でああだこうだ言うのは野暮ってものですよw

 

主演・監督・脚本・製作ジョン・ファブロー。アイアンマンで一躍名をあげた監督です。元々は俳優だということで、おそらく超大作の監督をやってきて感じたであろう不満を、題材を料理に置き換えてガッツリぶちまけてます。金を出しているのは俺だから俺の言う事を全て聞け!というオーナー。料理が好きだということを免罪符にネットに好き勝手な悪口を書き散らす評論家。これを料理から映画に置き換えても全く違和感が無い。しかも直接登場人物に言わせるのではなく、観客にそうと思わせる見せ方がいやらしくて最高です。

 

この人は元々かなり小さい規模の映画からキャリアスタートしたそうなので、マスなやり方にも相当鬱憤がたまっていたのかもしれません。しかし、じゃあそういう文句を言う為だけにわざわざ映画を撮ったのか?といえばそれは全く違う訳で。この映画で監督が語りたかったことは、自分にとって最も大切な事は何なのかを考えることの重要性。お金は大事だし名声も欲しくて当然ですが、クリエイティブな職業を選んだ最初のモチベーションはなんだったのか?へのクローズアップのやり方に、監督自身のプライドも感じられました。

 

また、この作品は音にすごく気をつかってますよね。映画では美味しそうな「匂い」を感じることが出来ないので、その代わりに肉が焼ける音や食べる時の音をしっかりと聞かせることをかなり意識してます。これがもうホントに食欲そそってヤバいです。誇大ではなく観ているだけでよだれが出てしまいます。特にクロックムッシュキューバサンドを食べてるシーンはもう…!。「味」と「匂い」が無くても「映像」と「音」で美味しさを伝える。これも映画の力だと思います。

 

まあ、ここまでべた褒めしてるんですが、実際はこの映画に穴を探すのは簡単でしょう。脚本だってひねりが無いと言われればそうですし、キャラクターも展開に沿ってキープレイヤーが順々に現れる御都合主義かもしれません。更にあえていじわるを言えば「この映画自体がお金も名声も一度は手に入れた人間だから撮れたものでしょ?」という皮肉だって言えてしまいます。でも、だとしても、それを知ったからこそ言える、描けることだってあるじゃないか、という監督の心意気も確実にこの映画にはあるのです。苦しんだ経験を基に素敵なものを生み出す。創る。それは素晴らしいことだし、それでいいじゃないの。にんげんだもの。ふぁぶを。そういうことですよ。とにかく僕が言いたいのは「ちっちゃいこと言わずに素直に楽しもうぜ!」ってことですw 最初にも書きましたけど、そんな重箱の隅は野暮ってもんですから。素直に笑って素直に感動出来る。この映画にはそんなパワーがあるし、それをオススメしたい映画でした。超良かった。あとこの作品のジョン・レグイザモ最高すぎる。ドハマリ役でした。